自己否定が止まらない方へ/なぜ人は自分を傷つけるのか?
「私は、ゴミみたいな人間だから生きている価値なんてないんです」「自分は生まれてこないほうがよかったんです」
「僕は人より劣っているのになぜ生きているんだろう」
「邪魔だとか、仕事ができないとか言われても仕方ないんです。事実だから」
このように語る方は少なくない。
では、もし本当にこの人たちが無価値なら
本当に、彼らが「自分はゴミで、劣っている」と心から納得しているのなら----
世界(他者)からの扱いと
認識している自分の価値は一致しているのだから
苦しみはそこに存在しないのではないだろうか。
悩むこともないのではないだろうか。
でも、人は苦しむ。
もがく。
心が
苦しい、助けて
と叫ぶ。
私は、
人には「愛されたい」という本能があるのだと思っている。
自分を罵り続けてきた人も
心の奥底では「愛されたい」と希求しているはずなのに
素直に認識することも
口にすることも
出来ない状況に置かれていただけに過ぎない。
かつての私もそうだった。
”自分なんか誰にも愛されない”
と信じていた。
実際には、半意識的に思い込んでいた。
自分の何が悪くて嫌な思いをするのか
なぜこんなにも苦しいのかわからないから
一番簡単で手近な理由を掲げていただけだった。
起きている事態に対して
このような「理由」をあてがい
心のバランスを取ることを「防衛機制」と呼ぶ。
防衛機制には様々あり、
「自分は価値がないから仕方ないんだ」といった自己否定を【合理化】と呼ぶ。
出来事が起きた理由に納得できて、整合性が取れれば
葛藤状態が少しは緩和されるからだ。
また、自己否定とは逆に他者へ批判が向く場合も多い。
「自分がこんなに苦しいのは母のせいだ」
「幼少期に祖母や母から虐げられたのだから、自分は今苦労しているのだ」
といったものも【合理化】や【投影】と呼ぶ防衛機制の一種だ。
※「他責タイプ」の防衛機制についてはまた別の機会にブログに書こうと思う。
自分に何か、否定的な言葉や罵声を浴びせ続けても何も解決しないどころか
ますます抑うつ気味になっている方は、
何かを代償に心のバランスをなんとか保ってきたということに気づいてほしい。
代償にしているのは、あなたのDNAに刻まれた
「愛されたい」
という気持ちかもしれないということに。
2026年05月27日 23:00
